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静岡地方裁判所 昭和45年(わ)59号 判決 1973年11月05日

本籍

静岡県浜松市入野町九、二六八番地

住居

静岡県沼津市上香貫三園町七〇七番地の一

遊技場経営

小田木定雄

大正七年四月八日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は検察官加藤圭一出席のうえ審理を遂げ次の通り判決する。

主文

被告人を懲役八月および罰金八〇〇万円に処する。

この裁判の確定した日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

右罰金を完納することができないときは金二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は静岡県沼津市大手町五一番地において「八億」、同県三島市広小路町一〇番二四号において「三島八億」、同県沼津市大手町六二番地において「駅前地下街」の名称でパチンコ遊技場を経営しているものであるが、自己の所得税を逋脱する意思を以つて、

一、昭和四一年分における総所得金額は三、九九〇万五、二三〇円、これに対する所得税額が二、一六〇万七、一五〇円であるのに、売上の一部を除外して仮名の定期預金や不動産取得資金にあてるなど、その所得の一部を秘匿し、さらに架空名義や他人名義で所得を分散し、昭和四二年三月七日所轄沼津税務署長に対し、古屋由雄なる架空名義で総所得金額二一八万七、九八〇円、その所得税額が二九万三、九一〇円、同年三月九日右署長に対し、柴田守雄なる他人名義で総所得金額が八万三、一六〇円、その所得税額が〇円、同年三月一〇日三島税務署長に対し、小田木定雄名義で総所得金額が一五八万四、九五四円、その所得税額が一五万三、九四〇円である旨虚偽過少の所得税確定申告書を柴田守雄を介してそれぞれ提出するという不正の行為によつて、前記正規の所得税額二、一六〇万七、一五〇円との差額二、一一五万九、三〇〇円を逋脱し、

二、昭和四二年分における総所得金額が三、九六五万五、三四五円で、これに対する所得税額が二、一三一万八七〇〇円であるのに、前記一同様昭和四三年三月一一日所轄沼津税務署長に対し、小田木定雄名義で総所得金額が九五八万五、五六九円その所得税額が三四五万六、八〇〇円、同年三月一日右税務署長に対し、柴田守雄なる他人名義で総所得金額が三三一万〇、九一六円その所得税額が一〇一万五、七〇〇円である旨虚偽過少の所得税確定申告書を柴田守雄を介しそれぞれ提出するという不正の行為によつて前記正規の所得税額二、一三一万八、七〇〇円との差額一、六八四万六、二〇〇円を逋脱したものである。

(証拠の標目)

一、第一回公判調書中の被告人の供述部分

一、被告人の当公判廷における供述

一、斉藤芳範(昭和四三年六月二六日付)渡辺哲夫(同年六月二六日付)松島昭吾(同年九月七日付)青木仁、柏木正江、鈴木美智子(以上三通、いずれも同年六月二六日付)藤巻格(同年八月二二日付)岡部雅臣(作成日付不明のもの)山本花子(同年一一月二〇日付)土井甫(同年九月四日付)平井富士男(同年一一月八日付)水田勝二(同年九月七日付)寺谷淳(同年六月二六日および同年八月二三日付)岡本厚(同年一一月二〇日付)松本正雄(同年一二月二〇日付)小島翠(同年六月二七日付)佐々木郁夫(同年一一月一八日付)米沢チカ枝(同年一一月八日付)内田孝雄(同年一一月八日付)林一甲(同年六月二九日付)小島卓次郎(同年一二月二四日付)大野みつ江(同年一一月七日付)杉本茂(同年一一月四日付)高木進(同年一二月一六日付)小田木美恵子(同年一二月一三日付のもの三通)作成の各上申書

一、松島昭吾(昭和四三年九月六日付)光岡昭作(同年八月二三日付のもの二通)大橋達雄(同年六月二七日付)後藤好文(同年八月二四日付)丸上典高、斉藤一夫、中川和郎、秀龍(以上四通いずれも同年八月一二日付)佐藤旭(同年八月七日付)杉田文義(同年八月七日付)小塚博之(同年八月二三日付)吉田草臣(同年八月二一日付)青木修二(同年六月二五日付のもの三冊、同年八月二四日付のもの一冊)木村晏晴(同年八月二四日同年九月五日、同年一〇月一一日付のもの)三野四郎(同年七月五日付)作成の各証明文書

一、信田克己(昭和四三年一一月二八日付)中川庄次(同年一一月二七日付のもの四通)作成の各証明書

一、村沢昭之(昭和四三年六月二五日付)樋口繁男(同年六月二五日付)山田幹雄(同年六月二七日付)宮内正俊(同年八月九日付)中沢裕爾(同年六月二五日付)の各現金、有価証券等現在高確認書

一、芳田光男作成の昭和四三年一〇月三一日付解答書と題する書面

一、石川真砂美(昭和四三年九月一七日付)布施恭作(同年九月一七日付)岡田和三(同年九月二三日付)中川茂男(同年九月二七日付)小島卓次郎(同年一〇月二四日付)井上清(同年九月二六日付)漆間恵一(同年九月一八日付)金箱瞭一(同年九月二六日付)菅井淑郎(同年九月二六日付)藤本泰治(同年九月二五日付)栄森威富(同年九月一九日付)深沢清一(同年九月一七日付)古沢篤輔(同年九月二四日付)内田作男(同年九月二五日付)神戸欣弌(同年一一月五日付)大城豊(同年九月二五日付)松田正久(同年九月一九日付)石川清雄(同年九月二五日付)末広綱安(同年九月一九日付)植松文代(同年九月一七日付)梶サカエ(同年九月一八日付)加藤常吉(同年九月一八日付)木下武雄(同年一〇月一日付)鈴木忠蔵(同年九月二四日付)山田達男(同年九月二一日および同年一一月二九日付)松沢保次(同年九月一七日付)村田祐吉(同年九月三〇日付)塩見恒夫(同年九月二六日付)松下次彦(同年九月二四日付)高木克博(同年九月二一日付)佐野広(同年九月二四日付)杉沢智(同年九月二六日付)西島滋美(同年九月二五日付)東賞平(同年九月一七日付)中嶋章博(同年九月二四日付)小長谷ふさ子(同年九月二一日付)岩下誠宰(同年九月二七日付)小島政宗(同年九月二四日付)風岡嘉一(同年九月二五日付)成川弘(同年九月二六日付)井熊豊(同年九月二六日付)市川順一(同年一一月七日付)原川晋司(同年九月二四日付)岩崎幸三(作成日付不明のもの)山本政和(同年九月二七日付)大野みつ江(同年九月一七日付)土田健二(同年九月二〇日付)斉藤浜夫(作成日付不明のもの)原川浩康他一名(同年九月二五日付)作成の回答書と題する各書面

一、岩崎洋(昭和四三年一〇月二二日付)作成の回答と題する書面

一、達橋慶吾(昭和四三年九月一七日付)および増田実(作成日付不明のもの)作成の平田登あて各手紙文

一、鈴木登(昭和四三年一一月八日付)内田孝雄(同年一一月八日付)村田祐吉(同年一一月八日付)塩見恒夫(同年一一月六日付)小島政宗(同年一一月二三日付)伊東健次郎(同年六月二七日付)大木掌次郎(同年一一月四日付)小島卓次郎(同年一一月二二日付)本村兼男(同年一一月六日付)木下武雄(同年一一月二一日付)井熊豊(同年一一月六日付)市川順一(同年一一月七日および同年一二月二五日付)増田朝堯(同年一一月二三日付)樋口隆男(同年一一月五日付)遠藤守(同年一一月七日付)土井甫(同年一一月四日付)土田健二(同年一一月六日付)藤原昇(同年一一月二二日付)嵐正治(同年一一月二二日付)大畑喜久江(同年一一月二二日付)藤井和泉(同年六月二七日付)柴田守雄(同年六月二六日付)三村光明(同年六月二六日および同年一一月二一日付)松本正雄(同年一一月二二日付)石原国俊(同年七月三〇日、同年七月三一日および同年一〇月二二日付)田島幹子(同年七月三〇日付)小田木美恵子(昭和四三年一一月二一日、同年一二月一三日および昭和四四年一月八日付)の大蔵事務官に対する各「質問てん末書」

一、小田木美恵子(昭和四三年六月二五日、六月二六日、七月一八日付)小田木利夫(同年六月二五日、同年六月二六日付)小田木龍彦(同年六月二六日付)の大蔵事務官に対する各「質問てん末書」(ただし不同意部分を除く)

一、小田木美恵子の検察官に対する昭和四五年二月一六日、同年二月二一日付各供述調書

一、小田木利夫の検察官に対する供述調書

一、小田木美恵子の検察官に対する昭和四五年二月一七日、同年二月一八日付各供述調書(ただし不同意部分を除く)

一、成瀬義郎作成の調査報告書(昭和四四月一月八日付のもの三通)

一、平田登作成の調査報告書二通

一、平田登作成の脱税額計算書二通

一、第六回公判調書中証人小田木美恵子の供述部分

一、第七回公判調書中の証人柴田守雄の供述部分

一、証人石原国俊、杉山幹子の当公判廷における各供述

一、被告人の検察官に対する昭和四五年二月一四日、同年二月一六日、同年二月一七日、同年二月一八日、同年二月一九日、同年二月二四日、同年二月二五日および昭和四四年三月一二日付各供述調書

一、被告人作成の昭和四三年一二月五日(二通)、同年一二月二〇日、および同年一二月二七日付各上申書

一、被告人の大蔵事務官に対する「質問てん末書」一九通(昭和四三年六月二六日、同年六月二七日、同年七月一七日、同年八月二九日、同年一〇月五日、同年一〇月二八日、同年一〇月二九日、同年一二月二日、同年一二月三日(二通)、同年一二月四日、同年一二月五日、同年一二月九日、同年一二月一〇日、同年一二月二〇日、同年一二月二七日付および昭和四四年一月七日、同年一月八日、同年一月九日付のもの)

一、被告人の大蔵事務官に対する昭和四三年六月二五日、同年八月一日付「質問てん末書」(ただし、不同意部分を除く)

一、押収してある八億売上関係出納帳一綴(昭和四六年押第三一号の一)、駅前地下街売上関係出納帳一綴(同号の二)、金銭出納帳(八億)一冊(同号の三)、八億当座帳一冊(同号の四)、銀行勘定帳一冊(同号の五)小切手帳控(五冊)一級のもの四点(同号の六、七、九、一〇)、小切手帳控(四冊)一級のもの二点(同号の八、一一)、印章六個一組のもの二点(同号の一二、一三)、空封筒(鈴木隆宛)一枚(同号の一四)、NTA印手帳一冊(同号の一五)、一九六七年三和銀行手帳一冊(同号の一六)、定期預金利息計算書一綴(同号の一七)、手形貸付禀議一綴(同号の一八)、出資配当通知一枚(同号の一九)、借用証一枚(同号の二〇)借用証等一綴(同号の二一)、借用証書一綴(同号の二二)、為替手形八枚(同号の二三)、為替手形一枚(同号の二四)、手帳一冊(同号の二五)、駿東興発株式会社決算書類綴一綴(同号の二六)、駿東興発株式会社総勘定元帳一綴(同号の二七)、領収証一枚(同号の二八)、預り証一枚(同号の二九)、機械売掛帳一綴(同号の三〇)、部品売掛帳一綴(同号の三一)、建物賃貸借契約書一枚(同号の三二)、領収書等一綴(同号の三三)、景品の仕入、出高日計表一綴のもの二点(同号の三四、三六)、領収書他綴一綴(同号の三五)、領収書他一綴(同号の三七)、景品日計表一綴のもの四点(同号の三八ないし四一)、請求書他一綴(同号の四二)、見積書一綴(同号の四三)、金銭出納帳(八億パチンコ店)一冊(同号の四四)、領収書他一綴(同号の四五)、領収書等一綴のもの五点(同号の四六ないし五〇)、雑綴一綴(同号の五一)、売上帳六枚(同号の五二)、見積書一綴(同号の五三)、領収書控一冊(同号の五四)、地下街ホール税務関係書類綴一綴(同号の五五)、部品売掛帳一綴のもの二点(同号の五六、五七)、個人青色申告税務関係書類綴一綴(同号の五八)、機械売掛帳一綴のもの二点(同号の五九、六〇)、訟廷日誌(四一年版)一冊(同号の六一)領収書他綴一綴(同号の五八)、機械売掛帳一綴のもの二点(同号の五九、六〇)、訟廷日誌(四一年版)一冊(同号の六一)、領収書他綴一綴(同号の六二)、書簡一綴(同号の六三)、書簡一枚(同号の六四)、領収書他一綴のもの三点(同号の六五ないし六七)、煙草売掛帳一綴のもの二点(同号の六八、六九)、売上帳一綴(同号の七〇)、約束手形控一綴(同号の七一)、約束手形控六枚(同号の七二)、売上帳一枚(同号の七三)、銀行勘定帳一冊(同号の七四)、元帳一綴(同号の七五)、手形計算書第一綴(同号の七六)、機械売上帳六枚(同号の七七)、領収書等一綴(同号の七八)、印章一個(同号の七九)、投資信託申込約定報告書二枚(同号の八〇)、<秘>届出書一枚(同号の八一)、石鉱化成商事(株)定款一綴(同号の八二)、約束手形四枚(同号の八三)、借用証一枚(同号の八四)、貸室賃貸借契約書等一綴(同号の八五)、証一枚(同号の八六)、建物賃貸借契約書一枚(同号の八七)、総勘定元帳(沼津八億店)一綴(同号の八八)、領収書他一綴のもの三点(同号の八九ないし九一)、和解調書一綴(同号の九二)、和解調書他一綴(同号の九三)、仮登記済権利書及び土地売買契約書四通(同号の九四)、工事請負契約書一冊(同号の九五)、SOビル新築工事領収書一綴(同号の九六)、訟定日誌一冊(同号の九七)、SOビル関係書類一綴(同号の九八)、御見積書一綴(同号の九九)、領収書等一綴(同号の一〇〇)、領収書他一綴(同号の一〇一)、総勘定元帳(地下街ホール)一綴(同号の一〇二)、収入控帳一冊(同号の一〇三)、領収書他一綴(同号の一〇四)、領収書(同号の一〇五)、銀行勘定帳一冊(同号の一〇六)、総勘定元帳(三島八億店)一綴(同号の一〇七)、領収書一綴(同号の一〇八)、建築物確認通知書一通(同号の一〇九)、領収書一綴(同号の一一〇)、請求書、領収書、納品書一綴(同号の一一一)、領収書一綴(同号の一一二)、借用証一枚(同号の一一三)、建物賃貸借契約書一綴(同号の一一四)、不動産売買契約書一綴(同号の一一五)、納品書一綴(同号の一一六)領収書綴一綴(同号の一一七)、納品書、請求書、領収書綴一綴(同号の一一八)、和解の申立書類一綴(同号の一一九)、不動産賃貸借契約書一綴(同号の一二〇)、領収書他綴一綴(同号の一二一)、売上元帳(紙数四五枚)一冊(同号の一二二)、出納帳一部(六枚綴のもの)一綴(同号の一二三)、ノート(毎日の売上機の数字を記載したもの)一冊(同号の一二四)

(弁護人の主張中主要なものに対する判断)

一、逋脱の犯意ならびに不正行為がないとの主張について。

弁護人は判示一、二の過少申告について、被告人は税務知識がなかつたため本件所得税の確定申告は柴田守雄にその手続の一切を委せていたので、同人の作成した申告書の所得金額は、自己の正しい所得額であると考えていたから、被告人には過少申告を含めて逋脱のための偽りその他不正の工作をしようとする積極的意思は何等存在せず、また昭和四一年分の所得については、後に(昭和四二年一〇月二一日)自主的に修正申告をしており、さらに柴田守雄に税算出の基礎として提出した資料はすべて正確なものであつて不正資料はなかつたのであるから、逋脱の犯意もなく、また逋脱犯とせられるべき不正行為もないと主張する。

しかし、前記本件各証拠によれば、検察官も主張するとおり被告人は、柴田守雄が本件確定申告書を所轄税署に提出する前、同人からこれを見せられ、これに記載した所得金額、所得税額および申告納税額を確認しており、しかも被告人は判示の三店舗の実質上の経営者であつてその売上、経費について、その内容、金額を把握し売上金から適宜預金したりして所得の一部を秘匿していたこと、被告人は柴田守雄に本件所得税確定申告書の作成を依頼するにあたり、経費のみの資料を提出したにとどまり、売上関係、借入関係の資料は提出していない(ただし、昭和四二年六月ころからは売上げメモを提供しているが、これは正当な売上げ額を記載したものではない。)のであるから柴田において適当に所得額を決めて申告することは、あらかじめ被告人において十分承知していたこと、しかもその申告総所得金額は四一年分が真実の所得が三、九九〇万余円であるのに対して、古屋由雄名義、柴田守雄名義、被告人名義を合計しても三八四万余円、四二年分が真実の所得が三、九六五万余円であるのに対して、被告人名義、柴田守雄名義を合計しても一、二八九万余円といずれも極めて過少であつて、この虚偽過少申告であることが判示三店舗の実質上の経営者である被告人にはきわめて明らかであつたと認められること、などからみて被告人が判示所得税確定申告書を提出するに際し、分散申告の認識のあつたことはもち論、所得の一部を秘匿したうえみずから虚偽過少の申告をしようとする意思があつたことは十分これを認めることができるのである。そしてこのように所得のある被告人が柴田守雄を通じてとはいえ、このように分散虚偽過少の納税申告書であることを知りながらこれを敢えて所轄税務署長に提出する以上、所得税逋脱の犯意を有していたものといわざるを得ない。まして被告人は土地、建物、パチンコ機械類等の購入に際して、代金を水増ししたり、過少したり、あるいはその資金を銀行から借入れるにあたつて架空名義を用いるなど積極的に総所得金額が不明になり、ひいては所得税額が不明になるような対税工作を行なつている事実も認められるので、前記分散過少申告の認識の事実とあわせ考えると、所得税逋脱の犯意は有していたことは明らかであるとせざるを得ない。また、逋脱犯は現行法上の申告納税制度のもとにおいては正当なる賦課を免れる意思で分散虚偽過少の申告をし納期限が経過し所得税を免れたときは、その時において犯罪が成立するのであつて、すでに犯罪が成立した以上は、右犯罪成立後かりに真正申告を為したとしてもそれは一旦成立した犯罪の消長に影響をおよぼすものではないと解べきところ、本件についてこれをみるに被告人の判示一の犯罪は昭和四二年三月一五日納期限が経過し所得税を免れた時点で成立しているのであつて、その後被告人において為した修正申告の方式による納税によつてはすでに成立した犯罪を消減させることはできない。まして本件の場合、その自主的な修正申告による所得金額は一、五五九万余円であつて真正内容の所得金額である三、九九五万余円にはるかに及ばない虚偽過少のものである。到底逋脱罪の成立を否定することはできない。そして、架空名義や他人名義で所得を分散申告したり、所得の一部を秘匿したうえ所得金額をことさら過少に記載した内容虚偽の所得税確定申告書を税務署長に提出する行為自体所得税法二三八条にいわゆる不正の行為に該当すること、いうまでもないところである(最高裁判所昭和四八年三月二〇日第三小法廷判決参照)。

よつて、これらの点に関する弁護人の主張は採用することができない。

二、弁護人は判示一の所得額について次の諸点を争つているので判断をする。

(1)  弁護人は検察官の冒頭陳述要旨添付の修正貸借対照表(その一)(昭和四一年一二月三一日現在のもの。以下、単に「修正貸借対照表その一」とする。)の資産の部にある有価証券の金額一二九万八〇〇円は銘柄石川島等の株式を売つて作つたものであり、しかも損をしているのに資産の部に組み込み犯則所得としているのは納得できないとするが、財産増減法を採用する以上は期首と期末の間、すなわち、期中において資産としての有価証券がどれだけ増加したかが証拠上認定できれば足りるというべきところ、小田木美恵子作成の昭和四三年一二月一三日付上申書、藤巻格(昭和四三年八月二二日付)、岡部雅臣(昭和四三年九月一四日付)作成の各上申書によれば、右のように資産の部に計上すべき事実を認定できるので弁護人の主張は採用できない。

(2)  弁護人は修正貸借対照表その一の資産の部にある土地の一五万円は被告人が昭和三七年ころ土地と共に購入した建物の立退料の支払額であつて損失と解すべきところ、資産の増加として計上されているのは納得できないとする。思うに立退料の性質は土地の価値を復元するものであつて、借地、借家等によつて減少している土地の価額が、その減少する根拠を取り除くことによつて制限のない状態となり、それだけ価値が増加することになるのであるから資産の部に算入するのは合理的理由があるべきというところ、被告人の検察官に対する昭和四五年二月一八日付供述調書、昭和四三年一二月二日付質問てん末書および平田登作成の調査報告書によれば、被告人が昭和四一年四月五日に本件立退料を支出していることが明らかであるから、弁護人の主張は採用できない。

(3)  弁護人は修正貸借対照表その一の資産の部にある借入金の二、四五〇万円は被告人が以前から預金して持つていた定期預金を取り崩して支払つたものであるから、犯則所得の増加にはならないとする。よつて証拠を検討するに小田木美恵子作成の昭和四三年一二月一三日付上申書中の定期預金および受取利息明細書によれば定期預金の期末残高が昭和四〇年一二月三一日と比べて昭和四一年一二月三一日は八六七万円減少していることが認められるので右金員の限度で前期借入金の支払いに充当したかも知れないことが推測される。そしてこの他に定期預金の減少があつたと認められる証拠がないし、弁護人は右のように主張するだけで、被告人側において立証容易と考えられる定期預金の減少を立証しようとしない事実等に徴し、この他に定期預金を取り崩して借入金の返済にあてた事実があると認めることはできない。右定期預金残高の八六七万円の減少は、前記貸借対照表の定期預金の項の負債の部に計上されているので、財産増減法を採用し、かつ前提とする以上は右の事実をもつて昭和四一年の被告人の総所得額の算定を誤りとすることはできない。

(法令の適用)

被告人の判示一、二の各所為はいずれも所得税法二三八条一項、二項、に該当するところ、それぞれ懲役刑と罰金刑の双方を併科することとし、以上の各所為は刑法四五条前段の併合罪なので、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示一の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により判示一、二の各罪所定の罰金額を合算し、その刑期および金額の範囲内で、被告人を懲役八月および罰金八〇〇万円に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予することとし、右の罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊東正七郎 裁判官 人見泰碩 裁判官 中島尚志)

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